あの青春の.8

 今日珍しく自炊をしたのだが、存在価値を失ったカボチャのポタージュが出来上がった。私は具材がほどよく溶けているドロッドロのやつが非常に好みなのでかぼちゃを沢山入れたのだが、不思議なことにさらっさらのポタージュが出来上がった。しかも味が薄いのなんの。慣れないことはするべきではない。

 

今日は2つほど。

「Lare En Ciel-Day Breaks Bell←今日この歌を聴きました。イヤーいい歌だ。平和を願う歌なんですよロックなのに…。『私の命とあなた。心の痛を取りかえられたらいいのに。』という歌詞が入ってて…。あぁー、泣けてくる若いのに、いい歌作るモンだ。」

Lare En Cielって誰

Googleで検索したところ、どうやらL'Arc~en~CielのDAYBREAK'S BELLという曲らしい。超有名アーティストの綴りを間違えるな。歌詞を検索して見てみたら、曲調を思い出せた。当時狂ったように太鼓の達人をやっていたのだが、確かこの曲も入っていた気がする。恐らくその経緯で曲を知り、友達の家かどこかでfullバージョンを聴いたのだろう。これ以外にも細かな突っ込みを入れたいが、そんなことよりも、だ。

「『私の命とあなた。心の痛を取りかえられたらいいのに。』という歌詞が入ってて…。あぁー、泣けてくる」

そんな歌詞なかったけど?????????

何度歌詞を見返しても上記の歌詞が入っていない。泣けてくる、とは書いているがそもそも存在すらしていない歌詞で泣くなんて妄言の度が過ぎている。しかも『心の痛』ってなんなんだ。送り仮名が欠けているから必然的に「心のツウ」となるが。整骨院で治せる痛みのような印象を受ける。「心の痛」より頭を取りかえるべきだ。

 …これはもしや自作のポエムなのだろうか。もしくは歌詞を思い出せなくて適当に書いたのだろうか。正直どちらでもいいが、当時の自分のいい加減さが滲み出ている日記だった。

 

「9/14 今日はホタテのコロッケを食べました。マカロニも入っててめちゃくちゃ美味しかったです。姉のを奪ってやろうとしたら激怒され『食い意地張ってんだから』と言われ『張ってんのはあんたの腹だ』と言ったらまた激怒されました。」

当たり前である。

むしろよく殴られずにすんだなと思う。中1にもなって人のものを奪って食べようとしていたという事実が非常に哀しい。が、兄妹や姉妹同士でお菓子やおかず、食べ物に限らずぬいぐるみやゲームを取り合うことって割と一般的な現象なのではないだろうか。(むしろそうであってほしい)

 我が家の場合、上記のコロッケのように本人の目の前で食べようとするのは非常に珍しい。どちらかというと、相手がいない隙をついて食べることの方が多かった気がする。大抵、次女(日記に毎回出てくる姉。コロッケの持ち主。)はなんだかんだいって非常に優しかったので、食べた事実がバレてもこっぴどく説教されることはなかった(友人から貰ったものなどは除いて。)むしろ、こちらが強請る前に自ら分けてくれることも時々あった。私から分けることは一度もなかったが。本当に非情な妹である。

 が、長女は違った。長女のお菓子をこっそり食べようものなら富士噴火といっても過言ではないくらい烈火の如く叱られた。その怖さたるや地獄の閻魔と互角である。長女に叱られたきっかけは割と沢山覚えているが、説教の内容は一切覚えていないので怖すぎて失神していた可能性はある。それなら食うなよと思うが、喉元過ぎればなんとやら。つまり学習能力がなかったのだ。

 今現在は、帰省などで顔を合わせてもおかずを争うこともお互い持っているものを奪うことも無くなった。成長したからと言えばそれでお終いだが、自分の欲しいものは自分の稼いだ金で買うようになったのが大きいのではないかと考える。こう書くと、自分も大人になったのだなと感じる。学費も生活費も親任せで、担っているのは自分の交際費くらいなので、半大人状態ではあるが、社会人になったら全て自分の力でやりくりしなければならない。まだ親の脛を齧っていたいなぁと思う反面、自分の生活を自力で作り上げることにも若干の楽しみを感じる。