朝食の偶然の

 偶然に偶然が重なる。そういった状況に出くわすと、なんとも不思議な気持ちと共にどこかそれが予定されていたかのような、自分の人生のシナリオの一部として用意されていたかのような、奇妙な気持ちになる。

 強烈にそれを感じたのは先月の下旬のある日。私は姉と朝食の材料を買うためにスーパーにいた。普段私は朝食を食べない。が、9月の上旬に行った沖縄で、姉が食べていたアサイーボウルがとても絶品で、それを作ろうという話を前日に姉としていたのだ。私も姉も、休日は早起きをするタイプではなく、9時や10時までダラダラと寝ていることが多いのだが、その日は8時に起床、8時30分には家を出て30分ほど離れたところにあるスーパーへと車を走らせた。「早朝の起床」「朝食を食べる」。滅多に揃わない条件がたまたまその日偶然揃っていたのだ。

 材料を一通り買った後、気まぐれで海を見に行った。スーパーは海の近くにあったため、車で10分も走ればすぐに海を見に行ける。アイスを買っていたのにも関わらず、悠長なもんだな、と今なら思う。ドライアイスではなく、保冷用の氷を突っ込んで安心していたあたり、この姉妹の詰めの甘さが顕著に表れている気がする。

 海を見ながらひとしきりぼーっとし、さて帰るかと腰を上げた時、姉が「このまま普通に帰る?それとも、グルっと海を沿っていく形で帰る?」と問うてきた。姉の体の疲れを懸念し、普通に帰ることを提案しようと思ったが、その日は早朝から近所の人が家に来ていたため、あまり早く帰るのもなあ…と感じ、後者を選んだ。

 姉が帰路のコースを選択肢化していなければ、そして後者の選択を私がしていなければ、選択を姉が受容しなければ、私たちはあの小さな小さな塊と出会うことはなかったのだろう。今思い返すと、偶然に偶然が重なった、まさにそんな状況だった。

 海沿いに車を走らせていると、道路の中央に白い塊のようなものが見えた。一瞬、「ビニール袋か?」と思ったが、目をよく凝らすと、それはガリガリに痩せた子猫だった。その子猫は、右足をひょこひょこと上げながら道路を横断していた。姉と私は反射的に「助けなければ」という思いに駆られ、私は車を降り、姉は車を停められるところを探しに行った。

 猫は私を警戒したのか、先ほどよりも歩行のスピードを上げ、ガードレールの下へと身を隠した。ガードレールの真横は大きな溝になっており、弱弱しい目の前の塊が落ちたらひとたまりもない。数分後、車を停めた姉が合流し、病院に連れていくために姉が動物病院に電話をかけ、私はその間、なるべく猫が警戒をしないように、いい塩梅の距離感でその猫を見ていた。数分後、その塊は我々に危害がないと悟ったのだろう、近寄り、私の掌のにおいをかいだり、体を触らせてくれるようになった。車に乗せるなら今だ、と姉が上着に猫を包み、車に乗せた瞬間、見知らぬ空間へと突然誘われた猫は焦ったのか体をよじり、あれよあれよというまに助手席のダッシュボードの真下にある小さな穴に吸い込まれるように身を消した。

 「えっ…?」

 一瞬、車内に沈黙が流れた。まさかの事態だった。予期すらしていなかった。急いで体を屈めて穴をのぞき込んでも、穴が狭く暗いため、猫の姿が見えない。一瞬で嫌な汗をかいた。呼びかけると弱弱しく「にゃー」と鳴くだけで、出てくる気配など微塵も感じられなかった。

 「このまま出てこなくて死んでしまったらどうしよう。」真っ先に頭に浮かんだのがそれだった。口には出さなかったが、私の頭の中は最悪の事態でいっぱいになった。姉もそれを感じていたのだろう、だがそこで臆さないのが私の姉である。体を精一杯によじり、必死に穴に手を入れ中を探った。

 運転席からだとどうにも具合が悪いと言い、姉は助手席まで移動し、上半身をフットスペースに投げ出し、犬神家の某ポーズを彷彿させる格好で、一生懸命猫を探った。姉の犬神家を拝む日がくるとは思わず、私は一瞬、呆然とした。たまたま出会った子猫が車の隙間に入り込み、姉は犬神家を彷彿させる姿でそれを探る。二度と目にすることはない光景がそこには広がっていた。

 姉の犬神家が功をなし、猫に触れることに成功したようだった。だが、引っ張り出そうとしても猫が怖がるようで、なかなか出てくる気配はない。車の内部構造がはっきりと分からないため、その穴がどこに繋がっているのか把握できなかった。今、冷静に考えると、エンジンルームとは繋がっていないだろうということは分かる。だが、予期せぬ事態に遭遇し、パニック状態に陥っていたため、姉も私もそこまで頭が回らなかった。構造が把握できないため、迂闊に車を動かすことができなかった。